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証 ウエストロサンゼルス・ホーリネス教会 第一章

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1936年、母教会の羅府ホーリネス教会より19名の信徒達によって、ウエストロサンゼルス・ソーテル地区の家庭集会が始まった。吉本熊治や中田カマ子らが、それらの集会のリーダーであった。太平洋戦争のために教会活動は中止されたが、戦争終結によって、1949年からロサンゼルス教会のリードで定期家庭集会が中田久常・カマ子宅で再開された。これがウエストロサンゼルス教会の土台となった。

1955年4月に会堂を購入し、19名のロサンゼルス教会員がウエストロサンゼルス教会に移籍してチャーターメンバーとなり、同年6月18日にウエストロサンゼルス・ホーリネス教会として正式に発足した。同時に吉本熊治が専任伝道師に任命された。当時の教会の周囲は今のような密集したアパートや商業地域ではなく、平屋の建物がほとんどで、のどかな住宅区域であった。教会は農業や庭園業に従事する勤勉で一様にのんびりした鷹揚な信徒とその家族で構成されていた。

1956年に安次富ケネス学生牧師が任命を受け、英語部の土台造りがスタートした。子供達も含め日英両語の教会として宣教活動が本格的に開始された。教会員に問題や必要なことが起こると、日英に関係なく信者や牧師が親身になって面倒を見ていた。経済的にも社会的にも弱者の立場に属する教会員たちが多数を占めていたので、牧師は文字どおり羊飼いとして神の大家族の牧者であった。1962年には吉本熊治の補佐として、カリフォルニア・バプテスト神学校で学んでいた細見剛正が遣わされた。1965年には吉本熊治の引退に伴い、辻本清臣が任命されたが、サンゲーブル教会との兼任であった。1967年に隣接地を購入し、将来の発展のために備えることになった。それはサンデースクールの教室と牧師事務所に使用しており、現在は駐車場となっている。1969年に辻本清臣はウエストロサンゼルス教会の専任となる。1972年に安次富ケネスはホノルル教会へ、辻本清臣がサンタクララに転任となったので、木村連が英語部へ、コビナのカリフォルニア・バプテスト神学校で学んでいた道城献一が日本語部へとそれぞれ任命された。

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